危険運転致死傷罪につき

今話題の
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080109-00000154-mailo-l32
について、法を志すものとして若干触れておきます。
判決要旨については↓へ。
http://www.toonippo.co.jp/news_kyo/news/20080108010003371.asp

遺族の方にはお気の毒です。これについては断っておきます。


しかし、刑事司法というものが特定の被害者の救済を目的としたものではないことにかんがみれば、被害者の方にはまことにお気の毒ですが、この判決は妥当なのではないでしょうか。
実際に、読んでいて著しく不当であるという印象は受けませんでした。*1


罪刑法定主義、i.d.p.r.原則*2からしても、やはり現行法の危険運転致死傷罪の適用は無理があるかと。


危険運転致死傷罪は、刑法208条の2に規定があるのですが、被告人の本件運転行為が、「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ 」にあたる、とするのはやはり無理でしょう。
刑事訴訟においては、上記のi.d.p.r.原則から、事実認定は「合理的疑いをさしはさむ余地がない」程度にまで立証されることが必要ですが、判決文を読む限りでは、そのレベルの立証にはいたっていません。
そうすると、i.d.p.r.原則より、黒でない限りはすべて白と扱うわけですから、やっぱり危険運転致死傷罪の成立は難しいと思います。

危険運転致死傷)第208条の2 
アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する。その進行を制御することが困難な高速度で、又はその進行を制御する技能を有しないで四輪以上の自動車を走行させ、よって人を死傷させた者も、同様とする。
2 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で四輪以上の自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、前項と同様とする。赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で四輪以上の自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、同様とする。


これは、裁判官をせめるべき問題ではないですよ。
むしろ立法論の問題です。
罪刑法定主義によって、裁判官は法律に規定されている罪に、法律に規定されている刑罰を下すことしかできません。
だから、被告人の運転がどんなに悪質であったとしても、刑法208条の2に該当しない運転に、刑法208条の2の刑罰を加えることはできないのです。


だから、本件のようなケースに適用できるような危険運転致死傷罪に相当する罪刑の立法がない以上、裁判官にはどうしようもないのです。
このようなケースで危険運転致死傷罪相当の厳罰を与えるならば、そういう立法が必要なのです。
業務上過失致死と道交法違反の酒気帯び運転の法定刑の上限を科したのは、裁判官なりの被害者への誠意であり、苦肉の策といったところでしょうか。


現在では、刑法211条2項の自動車運転過失致死傷罪がありますが、これの法定刑は、7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金ですから、危険運転致死傷罪の法定刑に比べると見劣りする感は否めませんね。

(業務上過失致死傷等)第211条 
業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。
2 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。

ただし、だからといって、被害者の方には申し訳ないですが、むやみやたらと厳罰化するのには反対です。


自動車事故というのは、基本的には過失犯なわけですね。
過失犯というのは、厳罰化したからといって抑止効果がどこまであるかというのは、本当に疑問なのですよ。
そうすると過失犯に厳罰を科すというのは、被害者なり、社会の応報感情を満足させるという面しかないわけです。
しかし、被害者の応報感情を満足させる目的は、刑事司法にはないというのは建前であり、また本質であるわけですから、過失犯に過度の厳罰を科すのは刑事司法上無理がある、のです。


危険運転致死傷罪は、↓に書いたとおり
もう夏もおわり - ハルヒの主人公のあだ名がなぁ・・・・
故意犯として構成されています。故意犯だからこれだけの厳罰が科せせるわけです。
逆に言うと、故意があったといえるほどの危険な運転じゃない*3と、同罪の適用はできないのです。
そうすると、やっぱり判決はやむを得ず、となるのではないでしょうか。


参考として、すっかり有名になた今枝弁護士の記事を揚げておきます。
サービス終了のお知らせ - Yahoo!ジオシティーズ
時間がなくて*4詳細に理由を検討できない僕にかわって、というのはおこがましいのですが、詳しくお書きになっておられるので、読んでおくことをお勧めします。
今回はあまりマスコミも被害者感情を満足させない不当判決だ、という扱いをしていませんが
番組等の構成から、そんな空気は依然として感じられますので。


2008-01-09
プロの視点から、その2
こちらはさらに詳しいです。コメント形式なのもいいですね。


それから、お隣日記としてこれも↓
http://d.hatena.ne.jp/HALTAN/20080109/p4
恐ろしく詳しく書かれているので、非常に参考になると思います。


なお、これに関して傾聴に値する意見を見つけましたので、ついでに張っておきます。
http://d.hatena.ne.jp/folkrag/20080109

"Nara mihi factum, narro tibi ius" 汝は事実を語れ、さらば我は法を語らん

*1:問題があるとすれば、酒を飲んでいながら「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態」とはいえない、としている点でしょうか。酒を飲んでいるのに正常な運転が困難でない、とはこれいかに?、ということなのですが。困難というのは評価規範なので、程度問題になってしまいますから、結局のところ、「正常な運転が困難な状態」の解釈が問題になるといえます。これについては、下記で少しだけ述べています。

*2:In dubio pro reoの略。疑わしきは被告人の利益に

*3:「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態」とは、この点から相当程度酒の影響下にないといけない、と解釈できるわけです。酩酊に近い状況か、あるいは著しく判断速度が遅い、ということです。若干遅れる程度だと、それだと鈍い人と変わらないのではないか、という場合もありえてしまうから、ということもできるでしょうしね。

*4:というのは言い訳ですが