ちょっとだけ考察

今まさに話題になりまくりの母子殺害事件について

世論は死刑にせよ、弁護士は懲戒せよ*1に沸騰していますが
それをヒステリックに主張する前に、平常心で


【光市・母子惨殺】「捜査段階で自白した殺害方法と違う」 弁護側鑑定人が証言
の762を読んでみてください。


殺害方法が違う。遺体の痕跡とと照らし、矛盾する。

⇒明確な殺意なく、死刑では不当に重い


↑この主張を中心に据えて弁護すべきではなかったか?
後は、精神的未成熟で補完する。

ママゴトだのドラエモンだの超超結びだの復活の魔界転生だのと、
余計なことを言うから、メディアがそれをセンセーショナルに取り上げ、
「死刑当然」の世論が盛り上がってしまった。
これじゃ死刑推進派だよ、弁護団は・・・・・・_| ̄|○

でもな、弁護方針の作戦ミスは置いておいて、
弁護士批判して喜んでるのはバカな大衆レベル。
そのレベルが大半ということがバレタちゃねらー。
多分卒業した大学も偏差値60とかのDQN大学だろ?

知識人は、弁護士の職責は被告人の弁護であり、
世の中全部を敵に回しても、世の一般的利益に反しても
ひたすら被告人の利益を守ること。(と知っている*2
世の中の一般的利益や秩序は検察官が代弁し、
それでバランスがとれている。

戦術ミスを指摘するなら別だが、
「弁護しているのがけしからん」というガキレベルの批判しかできないのが
2ちゃんねらーの哀しい床だね。

という発言です。


とりあえず、法曹を目指すものがいいたい点はこれです。ただし、侮蔑的な表現は抜いてください。
弁護士は、ひたすら依頼者(この場合は被告人)の利益を追求することが求められています。
絶対的真実追求義務は弁護士にはありません。民事訴訟では相対的真実追求義務だし、刑事訴訟においてはそれは検察官の役目です。しかし、刑事訴訟においては検察官がそれを逸脱することが多々あるので、弁護士が逆側に立って防止するわけですが。


弁護士がある残虐事件の刑事弁護人になったとします。そこでその弁護士からみてもどうしてもその被告人が犯人だと思ったとしても、「私は被告人が犯人だと思うから弁護はできない」などといえないのです。
仮に被告人が「私がやった」と自供しても、弁護をしなければならない、これが弁護士なのですね。
その場合に方法は二つ。

  1. 被告人の自供を信じないで独自の弁護活動を行う
  2. 被告人が犯行したことは自白させ、量刑を減らす努力をする

のどちらかです。
無罪を目指すか、量刑を減らすかですね。両方目指すことも可能ではありますが、実際には量刑を減らす方法として情状主張をするのであれば、罪を認めて反省していることをあらわにする必要があるので、無罪主張つまり犯行の否認をすると両立は厳しいですが。


また、被告人が実際に犯行していたとしても捜査に重大な違法がある場合は証拠を排除して*3、その結果証拠不十分で無罪ということもありますので、実際に犯罪をしていること、有罪は必ずしもイコールにはなりません。
この場合は、むしろ法が実際に犯罪を犯していても無罪にしなければ正義にかなわない、と判断しているといえるでしょう。*4
従って、「真実犯罪者=有罪」とはならないのが刑事司法ですし、「真実犯罪者=弁護してはいけない」とはならないのが刑事司法です。


蛇足もありましたが、以上の、あくまでも弁護人が依頼者の利益を追求するという義務を、弁護士の依頼者への忠実義務といいます。


難しいのが一方で弁護人には真実義務もあるというものなのです。
しかし、これについては一般に勘違いが存在します。これは真実義務とは弁護人は真実を追究しなければならないという義務だと考えている点です。


実際には弁護人への真実義務はそんなに高度なものではありません。民事訴訟は当事者にとっての相対的真実を追究するものであり、刑事訴訟での真実を明らかにする義務は検察官が一方的に負うものであって、弁護人はその検察官の追及が間違わないようにするものだからです。
実際に弁護士に課される真実義務とは、
弁護人は嘘と知りながら虚偽を述べてはならない。
弁護人は依頼者や証人、鑑定人に虚偽を述べさせてはならない。
といったものです。
弁護士職務基本規定75条によれば
弁護士は、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない。
となっています。


従って、弁護士に課せられる真実義務は被告人の利益を無視してでもひたすら真実を追究せよというものではありません。あくまでも積極的に嘘を言うな、嘘を言わせるなというものです。
黙秘していることが真実と離れた方向に裁判官の心証を形成させてしまった場合はどうなるかとかの問題もあるのですが、これについてもそれは本来検察官の職責だから、被告人に有利な限りはほおって置いていいといわれています。


とまあ、これは最近の潮流なのですが、弁護士の真実義務をもう少し強く見る見解もあります。
刑事弁護人の任務については
被疑者・被告人への誠実義務一元説と誠実義務に加えて弁護人の独立の司法機関としての立場も併せ持つ独立の司法機関併存説の対立があります。
後者の立場ですと、上記の見解以上に弁護士の真実義務を重視するのです。


しかし、実際には法廷は検察官と被告人・弁護士の二者対立構造であり、検察官はとにかく被告人を攻撃してくる以上、弁護士までもが独立の司法機関として被告人の利益以外のこと*5を重視することになってしまえば、これは二者対立構造のバランスを欠く結果になると思われます。
また、そもそも挙証責任を全面的に検察官に負わせる刑事訴訟の構造、被告人・弁護人側の圧倒的不利な位置からのスタート等を考えるに、やはり誠実義務一元説のほうが妥当ではないかと僕は考えますし、近時の潮流です。


以上のように考えるならば、この母子殺害事件の弁護人の行動が真実義務違反かどうかを考察するには、「嘘と知りながら虚偽を述べたか」「偽証、虚偽の陳述をさせたか」が問題となるわけです。
嘘としっていなければ弁護人の真実義務違反にはなりませんし、被告人や、証人、鑑定人が勝手に虚偽を述べる場合には弁護人の責任ではありません。*6


そしてこの点を判断するには報道の資料だけでは足りないので、僕は判断不可能というのが現在の結論です。
まあ被告人の陳述はいかにもうそ臭いのですが、嘘であるとは断言できませんし、嘘であったとしてもこれを弁護人が言わせているという確証はもてません。
後は、弁護士には上記の真実義務とは別に弁護士職務基本規定5条にいう信義誠実や、74条にいう裁判の公正と適正手続といった一般条項的な義務もありますが、この点についての断定はもっと難しいと思います。


この弁護団は弁護戦術を誤ったと僕は思ったりもしますが、あるいは他にやりようがなかったのかもしれないなぁ、なんて一方では思ったりもします。弁護人になったときにはもうどうしようもない状況だったけど、それでも弁護しませんというわけにはいかない弁護人の苦肉の策だったのかもしれません。結果は失敗だとは思いますが。
実際に弁護人になってみないと、どのような資料があるかということはわかりませんから、結局この戦術をどうこういうことも僕には出来ませんし、最低限判決を全部読んでみることが必要でしょうが、それもやってないんですね。


また、真実義務とは別に法令順守義務というのも弁護士にはありますが、これについては世論の批判はどの法令にどう違反しているのか不明なので、考察の使用もありません。


また、以上に述べた点すべてと、この被告人が実際に死刑相当かどうかというのはまったく無関係なので、誤解なきように。


とりあえず、一歩引いて冷静に見ましょう、と僕はいいたいわけです。


最後に、弁護士倫理は階層になっています。
懲戒規範 基本と例外が存在

望ましい行動=弁護士業務に影響

モラル=弁護士のイメージに影響する

という三層です。また、この層は明確に区別されるわけではありません。
今回僕がいいたいのは、この報道だけでは、少なくとも一番上に該当することは断定できないということです。
モラルだのなんだのについては世論のイメージに左右されますから、世論の弁護活動に対する理解が足りない現状では、なかなか難しいことになっていると思います。

*1:じゃすまないレベルもあり

*2:その下のレスで補完

*3:違法収集証拠排除法則といいます。また自白については自白法則で排除されることがあります。

*4:一般には犯罪が軽微であればあるほど、捜査の違法性が重視されます。しかし学説からは反対もあります

*5:例えば絶対的真実の追究

*6:ただし、証人や鑑定人が虚偽を述べると、刑法169条、刑法104条によって罰せられたりします。