弁護士倫理と一般倫理と

さて、今日の「弁護士の役割と責任」という授業で扱ったモデルケースが興味深かったのでアップします。


弁護士には守秘義務というのがあります。いろいろと複雑なのですが、とりあえず基本的な守秘義務として

「第二十三条 弁護士又は弁護士であつた者は、その職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負う。但し、法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。」(弁護士法23条)
「弁護士は、正当な理由なく、依頼者について職務上知り得た秘密を他に漏らし、又は利用してはならない。」(弁護士職務基本規定23条)

というものがあります。 *1
守秘義務違反は懲戒の対象になります。


この守秘義務というのは非常に重要で、依頼者は弁護人が自分の秘密を人には明かさないと信じてくれるから、自分に不利な情報でも弁護人に全部伝えてくれるわけです。
弁護士が守秘義務を軽視するようだと、依頼者は自分に有利な情報しか弁護人には伝えないようになってしまい、弁護士としては事件の全容をしることが出来なくなってしまいます。すると訴訟で不意打ちを受けたり、あるいは訴訟の真実追及という目的も果たせなくなり、ひいては国民の裁判を受ける権利すら侵害することになってしまいます。
だから守秘義務が免除されるのは非常に限定的な場合だけで、基本的には依頼人の同意がなければ明かすことはできません。


それを前提として、このモデルケースをアップします。


『プロブレムブック 法曹の倫理と責任(第2版) 現代人文社 編著 塚原英治・宮川光治・宮澤節生』
「第1章 弁護士の倫理 第4節 守秘義務 第2項 守秘義務と公共の利益 設例6(p.111)」より


弁護士であるあなたは、依頼者である殺人事件の刑事被告人Aから、別件のC殺人の事実の告白をうけ被害者を埋めた場所も告げられた。あなたがその場所を確認したところ実際に死体を発見した。被告人Aは、別件のC殺害については、警察に対して自白していない。Aについては連続殺人事件の容疑が報じられている。


問1 あなたは、被害者Cの両親Bから、Cは死んでいるのかとの問い合わせを受けた。両親Bからの求めに応じて、死体の場所を教えることが出来るか。
問2 Cが監禁されたままで生死不明の場合はどうか。


以下は解説というか参考資料というか。
この事件のモデルケースはアメリカで発生していますので、アメリカにおいての弁護士倫理を基準にした場合の簡単な回答をしめします。
日本においてどうなるかを考えてみてください。


問1
アメリカにおいて、ABA弁護士業務模範規則 第1.6条(b)(1)によれば、「合理的に確実な死または重大な身体の傷害を防止するため 」に、弁護士が必要と合理的に考える限度で、依頼者の情報を公表することができます。
したがって、この場合はすでに死んでいるのでこの守秘義務の除外事由は存在しません。
それ以外にもABA弁護士業務模範規則には守秘義務の除外事由は存在するのですが、。
同規則 第1.6条(a)によって、依頼者のインフォームド・コンセントが与えられた場合はどの情報でも開示できるのですが、同意が得られない場合は非常に限定的な場合しか守秘義務は除外されません。
そしてこの場合他の除外事由はありません。


したがって、依頼者のインフォームド・コンセント*2がどう説得しても得られなかった場合には、この殺人事件の存在とその被害者の死体の場所は、被告人にとって不利益な情報で、他の誰にも漏らしていない以上依頼者の秘密になります。
依頼人の秘密であり除外事由がないため、弁護士には守秘義務が発生しますので、例え被害者の両親の頼みであってもこの情報を公開することは守秘義務違反に当たります。

これをそのまま、日本に当てはめると依頼者の同意が得られなくても誰かの生命に関わるような場合には、弁護士業務基本規定23条にいう「正当な理由」として、情報公開は許されると考えられます。
つまり、アメリカでも日本でも
「被害者がまだ生きている」場合には、守秘義務違反にはなりません。
「もう死んでしまっている」場合には、アメリカでは守秘義務違反ですが、日本ではどうでしょうか?
この場合にも被害者Cの両親の求めに応じることは「正当な理由」になるでしょうか?


問2
問1を踏まえて考えてみてください。
被害者が監禁されてからまだ数日といった場合には、生きている可能性が非常に高いのでABA弁護士業務模範規則 第1.6条(b)(1)の除外事由にあたるとして、情報を公開することは許されるでしょう。


しかし、監禁されてからそれなりの日数がたっていると、死んでいる可能性は高いですが、もしかしたら生きているかもしれません。あるいは日数が中途半端で生死の予測がつかない場合もあるでしょう。
このような生きているか死んでいるかわからない場合どうしたらいいでしょうか?


仮に情報を公表したとして、両親に言われた警察が探索して発見したとき
被害者Cが生きていたとしたらABA弁護士業務模範規則 第1.6条(b)(1)で守秘義務から除外されるので懲戒されません。
しかしCが発見されたときすでに死体だったら、守秘義務違反として懲戒される可能性が高いです。


さて、あなたならどうしますか?
弁護士として懲戒をされても、一般倫理としての人道から情報公開するか
あくまでも弁護士倫理としての守秘義務を遵守して、警察等が自分で被害者を発見するまで待つか
あるいは他の選択肢を見つけ出すか


ちなみにアメリカのロースクールで、グループワークで話し合わせたところ、全グループの結論は基本的な部分は一致したそうです。
その結論については明日公開。

*1:この二つの条文の異同の関係はいろいろと複雑なのですが、弁護士法の方はとりあえず無視して職務基本規定の方だけ考えてください

*2:この場合は同意と考えてもらって結構です。